第32話

 王宮周辺では封鎖が続き、内部へ物資を運び込むルートが完全に断たれたと聞く。

 帝国軍は強固な包囲網を敷きながらも、無理に突入はしない方針を貫いているようだ。

 そんな状況では、王宮に籠もるレオンハルト王や残された兵士たちが、いずれ飢えや物資不足で音を上げるのは時間の問題だろう。


 私も大商会の会頭ボルンと連携して、王宮周辺の交易路を支配するように動いた。

 商人たちが勝手に王宮へ納品しないように調整し、もし不正な取引をしようとする輩がいれば、それを摘発する形だ。

 もちろん、無理やり飢えさせるのは非人道的かもしれないが、ここまで追い込まないと王が素直に降伏する見込みは低い。


「でも、兵士の中には自分の意思で王に仕えているわけじゃない人もいるはず。

 王宮に閉じ込められているだけで、ここまで苦労させるのは可哀想だね」


 エレノアが切なそうにつぶやく。

 確かに、徴兵されて仕方なく王に従っている者も少なくないのだろう。

 だが、いま王宮へ差し入れれば、レオンハルト王がそれを自分のために使い、さらに抵抗を続ける足がかりを作ってしまう。


「やっぱり、ここで厳しく締め上げるしかないのよ。

 長引けば長引くほど、周囲の被害が大きくなる」


 私はそう言い聞かせるようにうなずいた。

 ボルンは「できるだけ穏便に決着してほしい」と願っているが、ビジネスライクに考えても、この混乱が長期化すれば商売全体が滞り、自分たちも大損を被ることになる。

 だからこそ、手早く王の首を挙げる—or せめて退位に追い込む—手段を整えることが最優先なのだ。


 実際、王宮内部から漏れ伝わってくる噂によれば、兵士たちの士気がガタ落ちしているという。

 食糧や薬品が足りず、重傷を負った者や病気の者が放置され、脱走を試みる兵が後を絶たないらしい。

 ただし、王の厳命で「逃げようとする者は反逆罪」として処刑されるため、皆が恐怖に縛られて無理やり籠城を続けているのが実情だ。


「これって、もう王は自分の兵士すら守る気がないのね」


 私の胸に暗い怒りがこみ上げる。

 召喚当時に感じた理不尽と屈辱が、再びはっきりと蘇るようだ。

 あのとき、私をハズレ呼ばわりして追い出した王は、今でも平民や兵士を駒扱いして、自分の立場を守ることしか考えていない。


「早く終わらせないと、兵士たちも救われない。

 都市の混乱だって続くし、もう決着を先延ばしにはできないわ」


 私は端末を操作しながら、王宮周辺の市民に対して情報を発信する。

 もし投降したい兵士がいるなら、武器を捨てて出てきてくれれば保護すると告知し、帝国軍の封鎖網でも受け入れ態勢を整える旨を伝えるのだ。

 ささやかではあるが、兵士たちが余計な血を流さずに済む道を用意してあげたい。


 また、私の傘下に入った複数の企業も、王宮から納品要請があれば拒否するよう指示をしている。

 これにより、王に協力する供給源を断ち切るわけだ。

 すでに多くの貴族や取引先が私たちの影響力を恐れており、まともに王の命令を聞こうとする者は激減しているという。


「王は、いったい何を頼りに籠城を続けているのかしら」


 エレノアが首を傾げる。

 私も不思議に思う。

 ほとんどの貴族が見限り、民衆の支持は失い、兵士からも不満が高まっている状況で、王がまだ勝ち目を見出すとすれば、何らかの破滅的な切り札でも用意しているのかもしれない。


 実は、王宮にいる宰相オズベルドが「魔法による奇襲を準備している」という噂もあるが、真偽のほどは定かではない。

 もし本当にそんな術が使えたなら、なぜこの瀬戸際まで温存していたのか疑問が残る。

 ともあれ、何か大規模な破壊行為や自爆的な策が繰り出されないよう、私も準備を怠るわけにはいかない。


「ガイゼルバルト皇子には、できるだけ情報共有して、奇襲を警戒してもらわないと」


 私は端末で皇子へ連絡を取り、最新の噂や物資封鎖の状況を報告する。

 皇子も「兵に支給する物資を厚くしているので、しばらくは街の秩序を維持できる」と答えてくれたが、王が何をしでかすか分からない以上、気が抜けないというのが正直なところだ。


 こうして、王宮は日増しに苦境へ追い詰められていく。

 外部からの物資が完全にストップし、人心は離れ、帝国軍の包囲網はますます狭まっている。

 私自身、感情的には「早く陥落させてしまえ」と思うが、皇子や周囲の意見を尊重する形で、ギリギリまで交渉の可能性を探る。

 とはいえ、王が降伏する兆しは今のところまったくない。


「最後まで抵抗する気でいるなら、その代償をしっかり払ってもらうしかない」


 私は自分を奮い立たせるように小声でつぶやく。

 いつかの私を捨てたあの王が、いま苦し紛れに王座にしがみついている姿を想像すると、呆れと哀れみの混じった感情が湧いてくる。

 それでも、もう同情の余地はない。

 王のせいで苦しんでいる人々がいる以上、ここで情けをかけるわけにはいかないのだ。

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