Re:Tipoff

@Azu092

プロローグ

 高校バスケの最高峰・ウィンターカップ決勝戦。

 優勝まであと3点、残り時間7秒マイボールからのラストワンプレー。

 最後はエースの主人公・れんのアイソレーションーー。


(俺ならいける!!)


 人間離れしたアジリティからディフェンスを抜き去り、

 ファールを受けながらのポスタライズダンク!!


「「「おおおおおおおおおおおおお!!!!」」「ブツッ」」


 会場が沸く中、呆然とする選手たち。


 そこには立てない蓮の姿がーー。


 会場の熱とは反対に、コートに立っていた選手たちはあの音を聞いた。

 バスケットボール選手が一番プレー中に聞きたくない音を。


「おい!!蓮どうしたっ!!」

 チームメイトたちが駆け寄る。その表情には歓喜より、不安と焦りが浮かんでいた。

 蓮は痛みに顔を歪めながらも、必死に立とうとした。


 (俺は……ここで……終わるのか?)


 そんな思考を振り払い、周囲を見回す。ベンチの仲間たち、観客席の応援団、そしてスコアボード。そこには「99 - 99」。


 ダンクは決まっていた。そして、ファウルも取られていた。


 つまり、アンドワン。フリースローを一本決めれば、100点。相手にボールを渡すことなく、このまま優勝が決まる。


 「蓮、無理するな。代わりに誰かが……」

 「俺が打つ!!」


 蓮は震える手で床を押し、立ち上がろうとする。しかし、右足に力を入れた瞬間、崩れ落ちた。


 「っ……!!!」


 膝に鋭い痛みが走る。さっき聞こえた嫌な音が、脳裏に蘇る。


 (立てない……いや、そんなはずない)


 再び床を押し、今度は左足だけでなんとか立ち上がった。右足は、もう感覚がない。


 「蓮……お前……」

 「この1点は、俺が決める」


 そう言い切る蓮の目は、今までで一番強い光を宿していた。様子をうかがっていた監督も審判も、そしてチームメイトたちも、言葉を失った。


 静まり返る会場。フリースローラインに向かう蓮。片足だけで、ゆっくりと。


 ボールを受け取り、深く息を吸う。ルーティン通り、軽くボールをつき、リングを見据える。


 (この最後の1本は決める……絶対に)


 ボールは、ゆっくりと放物線を描く。


 会場が息を飲む。


 「ガン……トッ…トッ…トッ…スッ……」


 静寂を切り裂く、綺麗なネット音。


 「……入った」


 その瞬間、ブザーが鳴り響く。


 「試合終了!!!」


 会場が爆発するような歓声に包まれる。


 「うおおおおおおおおおお!!!」


 蓮は、静かに目を閉じた。蓮を囲むチームメイト達。


 優勝のうれしさと鋭い足の痛み。

「すまん、右足力はいらね……」

 苦しげに、それでもどこか安堵したような笑みを浮かべる蓮。


 チームメイトたちは、喜びと不安が入り混じった表情で彼を支えた。


 ――だが、この瞬間、俺の時間は止まった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 優勝セレモニーが始まった。しかし、その中に蓮の姿はどこにもなかった……


 蓮は母親と監督と一緒に救急車に乗っていた。母親は不安げに蓮の手を握り、監督は苦しそうな表情で蓮を見つめていた。


 搬送され診断後、医師から告げられたのは……


「前十字靭帯断裂です」


 目の前が真っ暗になった。また、時を置かずに医師から言葉が続いた。


「それと同時に半月板損傷もしています」


 隣に座る母親は息を呑み、監督は拳を握り締めていた。


「……ど、どれくらいで治りますか?」


 震える声で蓮は尋ねた。


「順調にいって、完治までには約1年半かかります。手術後はリハビリが必要で、元のパフォーマンスを取り戻せるかは回復次第ですが……今後の競技生活には慎重な判断が求められます。」


「1年半……?」


 その言葉が脳内を何度も繰り返される。


 そこからは何も覚えていない。気づいたらベットの上に横になっていた。

 蓮の手が震え、シーツを強く握る。横にいた母親がそっと蓮の肩に手を置いた。


「そんな……俺は、バスケを……」


「蓮……大丈夫よ。お医者さんの言う通りにすれば、きっとまた……」


「いや……無理だろ……」


 蓮は絞り出すように…


「1年半だと高校バスケはもう終わり。 それにこのケガでNCAAからの大学のオファーだってなくなるかもしれないし…」


 蓮は愕然とした不安を抱え、母親は言葉を失った。


(俺の時間は、あの瞬間で止まったままだ……)

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 病室のドアがゆっくりと空いた。


「蓮……」


 蓮の母親に一礼し、入れ替わるようにキャプテンで親友のしょうじんを先頭にチームメイト達が次々と入ってくる。

 その顔には優勝の喜びと、どこか複雑な感情が見られた。


「蓮……その足、どうだった?」


 最初に口を開いたのは、迅だった。普段は少しおちゃらけてチームのムードメーカーなのに、今は真剣な眼差しで蓮を見つめていた。


「…前十字靭帯…復帰まで、最低でも半年長いと1年かかるって」


 少し、顔を上に見上げながら蓮は言った。

 病室には、妙な静寂が広がった。

 蓮は妙な静けさに耐えられなかった。


「お前ら……本当は、こんなとこ来るより、もっと喜んでていいんだぞ」


 蓮は天井を見上げながら、力なく笑った。


「せっかく優勝したんだからさ」

「……バカか、お前」


 不意に、翔が小さく笑った。


「そりゃ、優勝できたのは嬉しいよ。でも……」

 言葉を選ぶように、一度息をつく。

「お前が、あの場にいなかったんだよ」


「……」


「表彰式にも、記者会見にも、お前の姿はどこにもなかった」


 蓮は少しぶっきらぼうになりながら言った。

「だから、何だよ」


「寂しかったんだよ」


 その一言に、蓮は目を見開いた。


「いつも一緒だったお前がいないって、こんなに寂しいもんなんだなって思った」


 翔は静かに、だけど確かに言葉を紡いだ。

「これから、もっと寂しくなるんだろうな」


「……」


「でも、俺たちは待ってるから」


「……え?」


「さっさとケガ直してまた一緒にやろうぜ、蓮」


 翔はふっと笑った。

 迅をはじめチームメイト達も力強くうなずいた。


「蓮は次アメリカの大学だろ?」


 翔のその言葉に蓮は顔に少し影を落とす。


「でも、このケガで白紙になるかもしれないし…」


「「「それはない」」」

 と全員から返ってきて蓮は目を白黒させた。


「お前のそのポテンシャルを前十字靭帯したからと、白紙にするわけはないよ。アメリカのがより選手を大切にする傾向が強いし、むしろいいんじゃないか?」

 迅の言葉に全員でうなづく。


「次一緒にプレーするのは日本代表だな。それか、NBAでもいいぜ?」

 唐突に翔が言った。


「大きく出たね~」

「いいじゃん、いいじゃん!」

「こりゃ、負けてられんぞ」

 とチームメイト達が追従する。


 翔の言葉に蓮の胸が、じわりと熱くなった。


(俺は……またみんなとバスケができるのか?)


 漠然とした不安と揺らぐ心。


 だけど、この静かな温かさが、ほんの少しだけ、暗闇を照らしているような気がした。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 チームメイト達は帰り、親友である翔と迅だけが残った。


「で?本当のケガは前十字靭帯損傷じゃなくて、か?」


 急に翔が口を開き、その言葉に迅は息を飲んだ。


「おい、翔何言ってんだ?」


「はぁ…迅お前はいい加減学べ。蓮が少し顔見上げながら言いにくそうにしてる時は、大体嘘ついてる時だぞ」

 

 蓮は苦虫を嚙み潰したような顔をし、迅は目を白黒させていた。


「翔にはやっぱばれるか…」


「そりゃ、バスケバカで我慢バカのお前が靭帯の損傷で、あそこまでのリアクションしねーだろ」


 蓮はため息をつき、両手を上げる。まるで「降参だ」と言わんばかりに。

 迅はまだ戸惑っていたが、翔はどこか確信したような目をしていた。


「前十字靭帯、それと、半月板損傷」

 蓮は静かに二人に告げた。


「……っ」


 翔の表情が一瞬にして固まる。

 前十字靭帯の断裂は予想していた。だが、半月板損傷まで――。


「前十字靭帯断裂に、……?」


 迅が驚愕したように繰り返す。

 蓮は、淡々と続ける。


「手術して、リハビリして……順調にいっても1年半かかるってさ」


「1年半……」


 翔の声が、かすれた。


 1年でも厳しいのに、1年半。

 それはつまり、大学進学後のプレーすら保証されないということ。

 NCAAに行くはずだった蓮の未来が、完全に不透明になったということ。


「俺は……バスケ、できるのかな」


 蓮の言葉は、ただ静かに、重く病室に落ちた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その夜、病院のベッドの上で、蓮はスマホを開いた。


 SNSでは

『伝説の試合』

『最後のワンプレーがやばい』

 とトレンド入りし、


『あのダンク鳥肌立った!マジで伝説!』

 などタイムラインは熱狂的なコメントで溢れていた。それと同時に心配の声も上がり…


『え、でも蓮選手大丈夫なのか…?倒れたままだったけど』

『靭帯いった説あるけどマジ?嘘だろ…』

『最高の試合だったけど、最後が怖すぎる…無事でいてくれ』


 動画の再生ボタンを押し、最後のプレーを見返す。


 自分がダンクを決め、着地した瞬間。


「ブチッ」


 嫌な音がまた脳内に響き、画面の中の自分が崩れ落ちる。


 そこで動画を止めた。


 目を閉じ、深く息を吐く。


 スマホの画面を伏せ、天井を見つめたまま、蓮は静かに目を閉じた。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 10年後

 時は流れ蓮は大人になった。


 ケガの後、アメリカの大学へと進学した。手術とリハビリを乗り越え蓮は再びコートに立ったが、以前のようなプレーを行うことはできなかった。

 そして、次第にフラストレーションがたまり、莫大なストレスを抱えていった。


「このままバスケを嫌いになるくらいなら…」

 蓮はコートから去ることを決意した。


(あいつらとの約束守れなかったな…)


 

 ―――ある日、蓮は家のテレビをぼんやりと眺めていた。

 画面には、バスケットボール日本代表のユニフォームを着た翔と迅が映っている。


「さあ、運命のTipoff!日本代表、48年ぶりの自力でオリンピック出場なるか!?」


 翔はキャプテンとして、円陣を組み、仲間たちを鼓舞している。

 迅は静かに頷きながら、センターサークルに立ち、Tipoffを待っていた。


(……やっぱり、すげぇな)


 蓮はリモコンを握る手に力を込めた。


(俺も、あそこに立てていたのかもしれない……)


 心の奥から、言葉にできない感情が押し寄せてくる。


 翔は正確なゲームメイクで味方にパスを供給し、迅はリバウンドとインサイドで圧倒的な存在感を放っている。


 だが、試合が進むにつれ、徐々に点差が広がり始めた。

 圧倒的輝きを持ち、チームの要である翔と迅がチームを引っ張て行ったが、試合が進むにつれ徐々に点差が広がり始めた。

 相手のエースが圧倒的な個の力を見せつけ、連続得点しさらに点差が広がった。


 翔のパスが珍しく合わない。

 迅がゴール下で踏ん張るも、相手のダブルチームに苦しめられる。

 日本には決定的に欠けているものがあった。


 それは――

 どんな時でも頼れ圧倒的な『個』の強さを持つ頼れる『エース』

 翔のパスに反応し、勝負を決める選手。

 迅のリバウンドを生かし、得点を重ねる選手。


「……もういい」


 自分には、もう選手としての道はない。

 それは理解しているはずなのに、心は納得していなかった。


(やっぱり……バスケを忘れることなんて、できねぇよ……)


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 最終スコア『89 - 78』。日本、敗戦。


 翔は肩で息をしながら、膝に手をついた。

 迅はタオルで顔を覆った。


 試合後のインタビュー。


「オリンピックへの道は閉ざされましたが、今の率直な気持ちは?」


 マイクを向けられた翔は、静かに答えた。


「……まだ足りなかった。それだけです」


(蓮……お前がいたら、どうなってたんだろうな)


 ——だが、蓮はもうバスケをやめた。だから考えるだけ無駄だ。


 そう思いながらも、二人の心の中にぽっかりと空いた穴は、埋まることはなかった。


 ——SNSはすでに試合の話題で溢れていた。


『よく戦った!日本代表、誇らしい!』

『翔と迅、めちゃくちゃすごかった…でもやっぱり絶対的なエースがいないとか…』

『得点源がいないと厳しいな…がいれば、結果は変わったか?』

『翔と迅のひらめきに応えられる“点取り屋”がいれば……』


 生粋のバスケファン達は蓮の名前を挙げていた。

 それは、もうコートに立たないはずの男の名前。


 試合後のロッカールーム。

 スマホを眺めていた迅が、ぼそっと呟いた。


「……やっぱり、みんな思うんだな」


「……ああ」


 翔もスマホの画面を見つめる。

 蓮がバスケを続けていたら、何かが違ったのだろうか。


 答えのない問いを、何度も心の中で繰り返した。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 試合後蓮は思い腰を上げ、外に出た。

 気づけば、昔からある公園のバスケットコートの前に立っていた。


「ダム…ダム…ダム…」


 ボールが弾む音が響く。

 このコートでは、いつも誰かがバスケをしている。

 まるで、蓮の心のどこかにある未練を代弁するかのように。


 フェンス越しに視線を向けると、そこには3人の少年がいた。

 楽しそうに代わる代わる1on1をしていた。


 身長はまだ低いが、懸命にドリブルをしている。

 シュートモーションはぎこちない。

 だが、その瞳はまっすぐ相手とリングを見つめていた。


(……昔の俺らみたいだ)


 無我夢中でバスケをしていた頃。

 ただ、上手くなりたくて。

 ただ、勝ちたくて。


 蓮はフェンスにもたれかかり、少年達のプレーを眺めた。

 ふと、少年がボールを強くつきすぎたのか、それが大きく弾み、コートの外へと転がった。


「——あっ!」


 少年が慌ててボールを追いかける。


 しかし、その先には——


「危ない!」


 蓮の体が反射的に動いた。

 道路を跳ねるボール、追いかける少年。俺は咄嗟に少年を押し飛ばす。


 クラクションの音がやけに鮮明に聞こえ、強い衝撃が、蓮の体を襲った。


 派手に吹き飛ばされ、地面を何回もバウンドした。


 意識が遠のいていく。


(あぁ…また、バスケがしたいな……)


その思いとともに、蓮の意識は闇へと沈んでいった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――











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